2015年09月21日

2015 敬老の日に

厳格な人だった。

学生は勉強が本分だと
アルバイトなんて許してもらえなかった。

もちろん
外泊なんてとんでもなかったし

学生の頃の門限は6時

TVはNHK

歌番組や
漫画を見ていると
「くだらん!」
切られた。

高校の時も
大学の時も

嘘でしょう??

あんたが門限6時???
なんの冗談よ
って言われたもんだったなあ。

大学に入って
なんとか
旅行を許可してもらって

時計の針が
12時を過ぎたとき

仲間はみんな
手を叩いて
「お〜〜〜!!!」

好奇心が強く
若さにまかせて・・・なわたくしを
きっと
心配もしていてくれたのだろうと
今は思うけれど。

よく人には
なぜそこまで!?

反発しないのかと
問われた。

もちろん
何度も試みた。

でも
若いわたくしが
どれほど
「理不尽」と思っても

「理」はあちらにあった。

「養われている」のは
現実だったからね。

反発したところで
面倒くさい状況になるだけなのは
明白だったし

そんな無駄な時間を費やすよりも

わたくしは
とにかく

早く
自立したかった。

自分で
自分の面倒を
見られるようになること。

それが
わたくしの望みだった。

だから
働き始めた時
仕事をするって
なんて面白いことなのかと思った。

上司は
難しい人と評判の人だったりしたけれど

国王に比べればそんなの
まったく簡単、簡単・・・だったし

自分なりに
階段を登るたび

それに伴って
経済力も増すごとに

見えるもの

感じること

全てが力強く
変わっていく

そんな
実感があった。

そうして
住んでいる
家の門扉を作る
その費用を出した時に

わたくしは
やれた、と思った。

思っていた自分になれたと思った。

「縛り」は解けた

そう思ったのだけれど。
201592-1.png

走って
15年

身体が壊れて

入院して

手術して

リハビリして

そうして
さあ、またこれから!と思ったとき
再発をつげられて

「仕事をしない自分」を
受け入れられなかったその時

親戚の家から
お呼びがかかった。

こちらに来て
住み込み
事務を手伝ってくれないかって。

その家の娘が
仕切っている事務所

「私も3時には仕事終わらせているし
楽な仕事だから」

そういう話だったけれど

社会に出て

「楽な仕事」なんてないことは
知っていたし

住み込みかあ

一人になれない環境で
やっていける自信は、ない。

親戚となれば
他人以上にあれこれ・・・ということも
推測できた。

仕事はしたい。

もう一度
「自分で自分の面倒をみたい」

そのためには
経済力は必要。

だけれど・・・

悩むわたくしに
皇太后は行くことを勧め

弟は
「なんで行かないのか
なにを悩むことがある?」
と言った。

あれこれ考えたあげく

「やはり
行けない。
いや
行かない。」

というわたくしの決断を
認めてくれたのは

意外にも

国王だけだった。

働けぬわたくしは
「穀潰し」。

だけど。


敬老の日

わたくしは
相容れなかった日々を思う

そうして
知らぬ間に
自分を形作っていた
様々な事柄を思う。


許されなかったこと

許されたこと

全てはもう
過ぎてしまったこと。

けれど

確かに

そう

確かに

学んだことが、ある。



『人間が「老いる」のは、死ぬ寸前のことだよ。

それまでは生きてる。

生きてるってことは活きてると同じこと。

精神が活き活きしていればそれで充分だと思うぜ。

そりゃ物も忘れるし、坂道を歩けば時間もかかる。

そのことと「老い」は違うんだ。 ━━━━伊集院静』




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posted by tonnchikikazoo at 14:39 | TrackBack(0) | マイセルフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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