2015年07月04日

力になる言葉

CIMG7044.JPG
ずいぶん前の話になるけれど

わたくしが勤めていた会社は
画廊も経営していたので
その関係で
いろんなアーティストと
呼ばれる人に会ったのでしたよ。

個展をやる人は
事前に
関係者、知人・友人集めて
ちょっとした立食パーティっつうか
そういうことやることが多くて

サンドイッチとか
コーヒーとか
希望があれば
ケータリングで用意したりして。

いろ〜〜んな人が来た。

個展をやった人
会った人の中には
その後
有名になっていった人もいれば

「あれがピークだったんだろうなあ」って人もいて

まあそれこそ
人それぞれ
人生いろいろなんだけど

山本容子って人は
間違いなく
有名になっていったパターンの人だわね。

わたくしは
正直
彼女の作品は
ピンとこなくて
その後店に置いた彼女の作品も
買うことなく・・・に終わったんだけれど

美貌とその派手な男性関係で
当時から有名だった彼女は
京都の街中を歩いている姿を見ても
ちょっと
やっぱ
目をひく感じだった。

で。

雑誌を読んでたら
その
山本容子が
対談していて

へーーー

あら懐かしや

ふむふむって

今、なんか
病院の天井とか壁を綺麗にするっつう
活動をしているんだそう。

彼女の父親が病院で亡くなったそうなんだけど

亡くなったあと
そのベッドにねころんでみたら
涙が出てんだってさ。

贅沢を極めた男(父親)が
最後に見ていたのが
この汚い天井か・・・って。

で、
「自分のやってることを
アートなんて言ってるけど、
目の前の人に何もできないというのは
どういうことなんだ」
って考えて

そういう活動に結びついていったらしい。

なんか
そのくだりから
ちょっと
引き込まれた。


彼女に共感する人や
寄付してくれる人も出てきて


でもいざやり始めてみたら
結構
「なにを描くか」ってのも
難しいって話とかあって

(病院だから
安易に雲なんか
描けない
早く天国においでみたいに
なっちゃうし・・・とか)

ふむふむふむと
読みすすんでいったんだけれど

その活動のきっかけになった
亡くなった父親が
彼女に言っていた言葉ってのが
おりにふれ
彼女の力になったってことで

かな〜りトッポい父親だったようなんだけれども

いわく

「容子な、
みんなが何か騒いで
一方へウワーって走ってるときはな、
必ず百八十度後ろを見ろよ」

ってこれを言われたのは
彼女が高校生の時だそう。

「いつもいつも
全部褒められてんのは、
まだ一人前やないで。

褒められるのと
けなされるのと
半分半分になったら、
ほんまに一人前や」

「みんなに
『容子ちゃんすごい、可愛い、面白い』
って言われてるうちは、
それはバカにされてるんやから」って(笑)。」

彼女が名をあげたその横に
こういうことを言う人が
いたんだね〜
そしてそれを

「すごく力になった」って受け止める娘山本容子。

わたくしちょっと
その
父親に会ってみたかったなあと。

話してみたかったかも。

「マイ・ストーリー」って
彼女の本の中に
まだあれこれ
エピソードが載っているらしいので

読んでみるかな。










posted by tonnchikikazoo at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | エンターテイメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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